Sowelu.keiko.kadoto|アートに生き、着る。人生 Sowelu.keiko.kadotoで取り扱う唯一無二の洋服は、デザイナー角戸圭子が1点1点パズルを組むように愛情を持って創っており、その作品は前も後ろも右も左もなく全方向でアシメトリーであるため、アートを着るように楽しい気持ちで、世界でただ一人オンリーワンな自分を生活の中でも自覚する、そんなお手伝いをしてくれます。

今を生きる

 

       自分のために自分を生きる

 

よく自分のことは置いといて、誰かの喜ぶ顔が見たくって、誰かの困ったことを助けようと、誰かのために料理する、誰かのために仕事する、こうゆう風に人のためにと、やる気が出てるが自分のことは置き去りにした分やる気が出てこなくなっている、と思っていた。

別に自分はいい人でも優しい人でもない、本当はわがままで嫌なことだらけで、エゴの塊ではあるが、そのことで自分を正しさに縛り付けて、全てを自分が悪いと人のことまで請け負っていた。

人が困ってるのを見て見ぬふりができないと、過剰に善意を押し付けている。

自分の中には光と闇はあり、闇があるからこそ光も眩いく見える、それは誰でもありエネルギー量によって見えるものは違って見える。

もし理不尽に思うようなら苦しみに浸っていようが、そのエネルギーは大きければ大きいほど光も闇も大きくなる。

その力が幸運にも不幸にもなり得る力が宿り、溢れ出す為に周りとても小さくても大きくても影響していく。

人はそれぞれ自分の行いからの結果の現在があり、それがその人のしなければいけないことまで請け負っていた。

よく神社とか宗教で自分のしあわせや得を願う人は、神様に自分の運命を委ねている。日本では厄年があるが、本人はおろか周りの人にも被害を出すという風に考えている人もいるが、人は自分の行いや思考の結果がきているだけで、例えば病気や怪我も全く自分の思考や行動が関係している。勿論故意にされた時は関係しているが、それは良い悪いの行いや思考で、良い悪いという結果ではないことが起こる。

私は神社には何かを頼むところではなく、感謝を示すところだと思っている。

神様は別に人のためにあるのではなく、ただあるだけで、だからこそ神道のように何処にでもあり、誰の心にもいるとも思っている。

いつも誰かや神様に助けや徳を乞う人は、そういう人のことまで責任を持つと要らぬ苦労を背負い込むだけで、何か正義を全うしたなんて奢っているのはお門違いだ。

ただ自分の責任を果たさずに人に責任を押し付けている人は、その行動の結果は勿論戻って来る。

単純に人のいい人は苦労を必要以上に被って、結果身体や精神にがたがくる、ところが無意味な苦労を手放すとあら不思議、苦しみも悲しみも無くなる、全ては自分のエゴに振り回されているだけで、良い人や悪い人といった分け方してるだけで、エゴに振り回されてる、どちらも自分に負担を強いてただけだ。自分に甘い人と厳しい人は、ただどちらかに偏ってるだけで、冷静にみると、自分を傷つけている。

病気がちの人や白髪が多い人や精神的につらい人も、偏ってるだけでこれは自分の中の本当の声を聞くと、偏りは減っていき、エゴの声に騙されなければ、楽に楽しく生きていけるが、他者から見ると奇異にはみえる。

生きていく中で失敗や苦痛や悦びや楽しみがあって、だが真面目だったり、いい人は自分のエゴで自分を縛り付ける、自然に自分の声を聞いて自分に正直に生きると要らぬ苦労がなくなる。そうしたって生きていたら他人とは相容れないとこがあったとして、人や自分を常識上でよく見せたり嫌われないようにと、自分を偽ると、思いのほか苦しみが生まれる。

それがトラウマだったり、フラッシュバックだったりしてるようで、それは何かのアクシデントで傷つき、自分の中の防衛本能で自分を加護の中に封じ込めたりして、それは自然はだが思考で自分を牢獄に繋ぐことで、自分で自分を押さえつけて、外に投影をしている。

そんなときに少しずつ、自分に帰る試みをする、別にそれは1人で自分の部屋ですることで、アイデンティティとかを取り戻すことで、実は時間はかかっても、癒されていく。

時代や性別や人の常識は、移り変わっている、その時立ち上がり外に出ていけば、たくさんの偏見や非難が直接的ではないSNSとかで襲ってきても、自分が自分でいることは豊かさと愛が少しずつでも集まってくる。

それは長い道のりで、頭で考えてもわからず、迷いに迷って自分を生きることになっても、必ず先に進んでいる。

それは自分でははっきり見えてないかもしれないけど、確実に自分という光が輝き始めている。

だから尚更、人から非難や苦言を呈されることもあるが、その人たちは自分を生きていない、仮面でその時代のキャラを演じてる人たちだから、とてもその人たちを苛つかせて、嫌われる。

そうでもしないとその人たちは偽りの自分を生きている、他人の人生を生きている人たちには、目障りで自分の見たくない自分を見せられてるからだ。

今を生きるとは、とても大切で、過去でもない未来でもない、生を受けたことへ当たり前の自然の摂理ではある。そして長くて短い人生の旅なのだ。

私は今、たくさんのトラウマやフラッシュバックを感じながら確実に自分の歩く道を確実に歩いている。子供の頃から人と違うと言われた自分を生きることで、本当は誰もおんなじ人なんていないのに、そう思い込まされて、被りたくもない仮面を知らぬ間に被って、三文しばを続けていた自分が、今はっきりわかる。

それはタブーとされたものだったり、誰かが利用しやすい習慣だったり、恥じることない自分を恥じたり隠してりしていることが、自分を牢獄に入れていることだった。

よくセクシャリティとか、マイノリティとか、マジョリティだったり。

私はわりかし自分と違う人の話は聞いてきて、違う人しかいないし、否定もしてきてはいないが、自分の中にある、エゴが自分を否定しているだけで、トラウマと作ったり不安を仰いだりしていることも知ってしまった。

人は自分とか人とかの境界線を作ってエゴに振り回されているだけの人生を送っている。

たった少しクリアになる目やバランスをとるだけでも、かなり自分が見えてくる。

少しずつそうやって今を生きる方法を見つけていけば良いのだとも思う。

そういう人は異端児だったり、変わった人として輝き生きていると思うが、時々時代が追いついて輝きがもてはやされる時もある。

 

 

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そんなお手伝いをしてくれます。

屋号 Sowelu.keiko kadoto
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大阪府大阪市大正区南恩加島6-16-21
電話番号 090-5063-3092
営業時間 10:00~18:00
定休日:火・日
代表者名 角戸 圭子 (カドト ケイコ)
E-mail info@kadotokeiko.com

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